普段は意識しない他の子との比較
今頃になって年賀状を書いているのですが、昨年届いた年賀状で住所録の更新をしながら、改めて一枚一枚の知人友人からのメッセージや写真を見ていると・・・

同年代の子どもを持つ友人からの年賀状に、優秀な学校に入学したとか、よく知られた制服の学校を着たお子さんの写真があったりすると、やはり胸がざわつきます。

普段、幸か不幸か不登校の息子はいわゆる大多数の同年代の子との関わりがないため、親も今周りの中学二年の子がどういう成長をしているのかを目の当たりにしなくて済みます。

フリースクールの保護者会や学園祭に行っても、そこにいる子は皆学校に行けない子ですからバリバリに勉強を頑張っている子はほとんどいないので、自分の子が取り立てて学業が遅れていることを意識しないで済みます。


「ああ、○○ちゃんは白百合に入学したのね〜。」
「△△君は中学受験で毎日塾通いか〜」


知人のご子息ご令嬢が立派に成長して嬉しい気持ちが圧倒的ですが、たまに頭をかすめる羨みとも妬みとも、諦めとも何とも言えない負の気持ちが自分の中にうごめくのを感じずにはいられません。

息子はすごくいい子です。アスペルガーと言っても本当に優しくてまじめで、学習障害があると言っても知識欲は高いし、特定の分野の記憶には長けています。

でも、「フツーに学校に行って、フツーに勉強して、フツーに友達と遊ぶ」が出来ない。


それが何なのよ?

元気で、無事に生きていて、しかもいい子なんだから、何の不足があるのよ?

他人の子と比べて羨んで何になるの?



すぐさま頭の中でそれを打ち消す私。「普通」であることがどんなに人の価値においてくだらない基準であるかなんて百も承知しています。世の中、病気などで明日の命も分からないお子さんを持つ親御さんからしたら元気に生きているだけでこの世に感謝してもしきれないほど恵まれているのも分かっています。

私にとって、息子は唯一無二の存在で、本当に愛おしいし大切だし、他の誰とも比べようもない。

それは嘘偽りないのです。


でも自分の中にそういう「普通」であることを羨んでいる自分がいるのも認めざるを得ません。



あー・・・、こういう時、自分がなんて世俗的でくだらない人間なのかとがっかりします。一瞬でも息子を他の子と比べてどうこう思ってしまう自分が情けない。これって、私が息子の価値をその程度にしか感じていないということの裏返しなのだろうかと思うと、本当に情けなくなります。

一番身近な母親である私がこんなことでどうするの。普段「普通」にこだわることのくだらなさをいつも口にしているのに、心の片隅ではそれにある種の価値を見いだしているのだなぁと自分の弱さを感じます。

まぁ、そういう弱い自分を認めて息子と成長していくしかないんですよね。



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【2008/12/28 03:30 】 | 進学 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント

はるみさんの息子さん、優しいしまじめだし、得意分野があるのですから、とてもすてきなお子さんだと思いますよ^^
うちは、本当にやりにくいタイプの発達障害なので、学校へはなんとか行っているのですが、学校へいくと出来ない事が多いし先生に怒られて、ますます劣等感に苛まれ、サッカー部の件で唯一自分の好きな道も閉ざされてしまって、今本当に何もやる気がなくなってしまっています。
今の状態をみていると、公立高校なんてもうどうでもよくなってしまいました(^^;)
あの子に一番あった進学先が見つかって、元気になってくれたらいいな〜と思うばかりです。
頑張りましょうね。
【2008/12/28 12:03】| URL | ルビイ #-[ 編集] |

読ませてもらうのが辛くなるほど、私自身の心中と重なります。

感情と理性の解離と言いましょうか…
感情で「『普通であること』をめざしてしまう私」を、「こう見なければ救われない」という理性で無理やり抑え込むということをやり続けて、もう何年経とうとしているでしょう、、、12年ぐらいかしら((+_+))

あまりにそれに向き合い過ぎて親が心を病んでしまわぬように、ちょっと鈍感なくらいの自分でいなければと心掛けるようにしています。

でもね、突き放して考えてみれば、子どもが普通であることを望むということは、現実社会に適応させていく方向で意識されているがゆえだと思いますよ。
「普通」という枠組みをあまりに狭めてしまってはいけませんが、むしろ夢物語ばかり語ってそこで親だけで癒されてしまうのも、私はよくないと思っています。

だって子どもは現実に親よりも長く生きていかなくちゃいけないもの…
厳しい中で、子どもが親に頼らず、現実どのように生計を成り立たせていくかってところは、誰かが肩代わりしてくれないですしね(^_-)-☆


「普通」であることにこだわってしまう、そういうご自分が息子さんを否定しているように思われるはるみさんのお気持ちは、心からよく理解できます。
でももう一方で、『普通』にこだわって、息子さんに少しでも当たり前の中学生として体験を積んでもらいたいと願う親としての思いは、彼の将来を見通せば当たり前のことだとも思います。
両方あっていいのじゃないでしょうか。

私はここずっと、自分の足に左右、普通の靴と下駄を一足ずつ履いて、身体が揺れないように歩いて行きなさいと言われているような感覚でおります(^_^;)。

【2008/12/28 13:58】| URL | アルト笛 #U6qlcfzY[ 編集] |
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